
「銀行に、同行してほしい」
母からそう告げられたとき、正直、最初に浮かんだのは「半休どうしよう」でした。
わたし名義の定期預金を解約したい。けれど、印鑑の所在が不明。さらには苗字の変更という、事務的な壁。
親孝行という大義名分を掲げて半休を取りましたが、心の内は「さっさと終わらせて帰りたい」という思いでいっぱいでした。
向かったのは、小さな地元の信用金庫。
ロビーは、驚くほど静まり返っていて、 ベンチシートに母と横並びで腰を下ろしました。
父は不在。自宅でテレビを観ているはずです。それが我が家の確固たる役割分担。
母とは友人関係に近いですが、その対話の大部分は、父への懸念から生じる「愚痴」で構成されています。
「ほんとに、お父さんは……」
母の声は、ボリュームボタンが壊れている。
静粛なロビーに、父への不満が全方位へ筒抜け。
「シーー!」
口元に人差し指を添えるゼスチャーを何度したことか。わたしは内心、「一刻も早く呼んでくれ」と、ひたすら秒針を凝視し続けていたのでした。
20年越しに知った、消えなかった「月2万円」の軌跡。
番号を呼ばれ、ようやく窓口へ。
事務手続き自体は、拍子抜けするほどスムーズに完了しました。所要時間、わずか30分。
しかし、そこでわたしは「真実」と対面することになります。
独身時代、実家に身を寄せていた頃。毎月入れていた「2万円」の生活費。
消えたと思っていた2万円は、両親の口座で静かに積み重なっていました。
わたしの知らないところで。わたしのために。
「何かあったときに、使いなさい」
そう言って母が差し出したのは、少し厚みのある封筒でした。
中身は、100万円。
紙幣の重なりが、こんなにずっしりしているとは思いませんでした。
うれしいより先に、ああ、重いな、と思いました。
愛情って、もっとふわっとしたものだと思っていました。言葉とか、気遣いとか、そういう目に見えないものだと。でも、目の前にあるそれは、ずっしりとした重さがありました。
両手で受け取らないと、落としてしまいそうなくらいに。
受け取るのが、こんなに難しいとは思わなかった。

「大丈夫だから、持っておいて」
わたしは何度も、その申し出を断りました。
けれど母は、
「使わなかったら、わたしたちに万が一のことがあったときに、使いなさい」
と譲りません。
自立したいい大人のつもりでいました。お金の整え方も、少しは分かってきたつもりでした。
でも、親という存在の前では、わたしは依然として「受け取る側」の子供に過ぎませんでした。
信用金庫の自動ドアを抜けたとき、外の光がやけに眩しく感じられました。
循環させていく。
これは100万円というより、20年分の時間なのかもしれません。
両親が積み立ててくれた「時間」と、この「100万円」。
わたしはこれを、どう活かし整えていくか。
とりあえず口座作ることから始めることにしました。
続きます。




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